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八上王子

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八上王子とは

八上王子は熊野九十九王子の1つで、今の八上神社であり、建仁元年(1201年)の『熊野御幸記』に「ヤカミ王子」とあり、古くから崇敬されていました。西行法師の『山家集』に、

 「待ち来つる 八上の桜 咲きにけり
        荒くおろすな 三栖の山風」

とあり、八上王子の名が広く知られています。王子は住民の信仰があつく、産土神社となり社叢も保護され、最もよく神社の形態が保たれています。

歴史の中の八上王子

八上王子跡(八上神社)は、和歌山県上富田町にります。
天仁2年(1109年)に熊野参詣をした藤原宗忠は「田之部(たのべ)」(田辺市)王子に奉幣後、萩生山口(下三栖近辺)で昼食をとり、山を越えて新王子社に参拝している。
この新王子社は地理的に見て、八上王子社と推定される。すなわち、八上王子は比較的新しい王子ということになります。
境内には西行の次の歌碑が建てられている。
 「熊野にまいりけるに、八上の王子の花おもしろかりければ やしろに書きつける


  待ちきつる 八上のさくら さきにけり あらくおろすな 三栖の山風 
                                           西行


歌碑は、大正11年に建立されたもので、当時宮内省御歌係出仕であった武津八千穂の筆である。
西行が熊野参詣の途中に立ち寄り、社殿に書き付けたといわれており 山家集(1173年)におさめられている。
西行生誕900年を記念して、平成30年11月18日に茶道・香道流派「西行庵円位流」当主の花輪竹峯により、拝殿で献香・献茶式が開催された。
また、同日上富田文化会館2階で「茶会 熊野の西行を想う」が開催された。

藤原定家も建仁元年(1201年)、後鳥羽上皇の参詣に随行して「ヤカミ王子」に参拝した。
藤原頼資(よりすけ)は承元4年(1210年)、大風雨の中、修明門院(しゅうめいもんいん)の参詣に随行して「八神」王子に参拝した。
江戸時代には、八上王子社と言われ、拝殿と経堂が設けられていた。
明治時代に八上神社となり、現在に至っている。

八上王子の文化的価値


八上神社の主祭神は、天照大御神で、誉陀和気命、大年神、天忍穂耳命が配祀されている。
11月23日の例祭で奉納される岡の獅子舞は、和歌山県の無形民俗文化財に指定されており、「おへいさん(御幣さん)」「おばなち」の神事がある。
おばなちとは、白米の粉を水で練り餅の形に大小2個をかさねたもので、榊の葉の上に御洗米とこの神餅を檜膳に乗せ、女児が渡御する。
八上王子の桜は都でも有名であったようだが、今は、地元の人が植えたのであろう2mほどの桜があるのみである。地元の人が付近の山を探したようだが見つからなかっと聞いている。現在の境内は楠等の巨木でおおわれており、日があたることがない。日光を必要とする桜は、周りの木々の成長で日が当たらなくなり、枯れたのかもしれません。

基本情報

所在地   西牟婁郡上富田町岡1382番地
連絡先  TEL 0739-47-0550
     FAX 0739-47-4005
駐車場  3台 無料
水洗トイレがあります。
アクセス方法
     (車) 阪和道終点 南紀田辺ICから車で30分
    (電車) JRきのくに線「朝来駅」下車 車で10分
    その他 連絡先:上富田町観光協会(上富田町役場総務政策課内)

西行の歌の石碑

珍しいひょたんの絵馬。瓢箪は地元岡地区の名物です

入り口にある世界遺産の石碑

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