水垢離とは
神や仏に祈願したり神社仏閣に参詣する際に、冷水を被り、自身が犯した大小様々な罪や穢れを洗い落とし、心身を清浄にすることである。
神道でいう禊と同じであるが、仏教では主に修験道を中心に、禊ではなく水垢離などと呼ばれ、行われることがある。特に修験道は、神仏習合の山岳信仰による影響から、この水垢離を行うことがある。これらの垢離の行を「垢離を取る」、「垢離を掻く」などという。
『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば
垢離(こり)とは、神仏に祈願する時に、冷水を浴びる行為のこと。水垢離(みずごり)、水行(すいぎょう)とも言う。
ウィキペディア(Wikipedia)
垢離は漢語には見当たらず、純粋な和語と考えられている。
水垢離場

稲葉根王子前にある上富田町設置した水垢離場の説明には
ここ岩田川(富田川)沿いに熊野参詣道が通り、中世には熊野詣での水垢離場として重要な地であった。
この川で禊をすれば今までの罪がことごとく消え去ると信じられ、上皇や女院達も徒歩で渡った。
「平家物語」や「源平盛衰記」などにも登場し、また「いわた河渡る心のふかければ神もあはれと思はざらめや 花山法皇」など多くの古歌が残されている。岩田川を最初に渡るこの付近の瀬を一ノ瀬といい、滝尻王子まで何回も渡りを繰り返したという。
令和五年四月一日
上富田町
上のように書かれています。京都から、淀川を下り、その後は、紀伊半島の海岸線を南下し、三栖の山を越え、熊野三山を目指す熊野古道は、ここから、山道に入りますが、当時は富田川(当時は岩田川)は熊野の山から流れ出る神聖な川とされており、この川で身を清めると、それまでの罪がすべて流されると信じられていました。稲葉根王子の場所も、ここからいよいよ、聖なる山に入る」という所であり、京の都で政治を行っていた皇族においては、死後に極楽にゆくためにも、禊(みそぎ)をすることは、大切なことであったかもしれません。
「市ノ瀬」の地名のいわれ
富田川は暴れ川と呼ばれ、水量も多くこの川を渡ることは時には危険をともなったようです。稲葉根から、滝尻王子にゆくまでには、この富田川を数回渡らないといけなっかたようですが、川を渡るためには、浅いところ(瀬)を選んだものと思われます。その一番目の瀬が「一瀬(現在の市ノ瀬)」だったと言われています。
みどころ①西行の石碑

石碑横の説明文には、
「この歌碑は、2018年に西行法師生誕900年を記念して建立されました。意味は、「岩田川の川岸に夕涼みしながら今君がいればよいがとしみじみ思われるよ」ということですが、詩書に『夏、熊野へまゐりけるに岩田と申所に涼みて、下向しける人につけて、京へ西住上人のもとへつかはしける』と書かれています。
西住上人とは西行より年上で、ともに在俗であった頃からの付き合いでした。よく一緒に修業の旅にも出た間柄でしたが、早く世を去り西行が自ら骨を高野山に運んだことから友達以上の付き合いであったのではないかといわれています。『十訓抄』巻下八の四『西行の娘の死』の中に西住法師が登場します。
西行がいつ頃この地を訪れたかは、意外とわかっていません。少なくとも、春と夏に二回訪れていたことはまちがいありません。上富田文化の会」と書かれています。
みどころ②水垢離体験

ここでは、上富田町が設置した水垢離が体験する施設があります。富田川の水に足をひたして下さい。夏はひんやりとして気持ちのいい物です。
みどころ③ 坂本冬美さんの植樹 樹木

西行の歌碑の横には、上富田が生んだ演歌歌手「坂本冬美」さんが植えた記念植樹があります。ファンの方はぜひ見て下さい

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